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旅34日目バングラデシュの人間関係

髭を剃らなくなって1か月が過ぎた、
シャワーを浴びた後しばらくして外に出ると髭が乾いていない事に気付く、
シャワー浴びた後に髭なんて拭かないから濡れたまま、毛は乾きにくいものだ。


日付 1/29(金)
天気 曇り
宿泊地 Ramna Hotel
気温 16-27℃
為替 1TK=1.51円

大枠の道筋
20160126map.jpg
ダッカ周辺




昨日simを手に入れたので、
早速ダッカで知り合ったトウヒに連絡して知らせた、
その後休みの日を聞くと金曜日との事(バングラディッシュの休日は日曜ではなく金曜)

ダッカ周辺を観光したいと言うと快く承知してくれた、
で、今宿泊しているホテルRamnaで待合わせをし観光に出掛ける。




バスに乗車し揺られる事40分、
その後バスから降りサイクルリクシャで移動


DSCF2873a.jpg
FATHER OF THE NATION BANGA BANDHU SHEIKH MUJIBUR RAHMAN
BANGLADESH FOLK ART & CRAFTS MUSEUM
外国人料金100TK(約150円)
 バングラ人 20TK(約30円)


DSCF2882a.jpg
公園とダッカの歴史展示物がある。



DSCF2883a.jpg

インドでもそうだが、展示物の情報が不足している、
5W1hが欲しい。



DSCF2887a.jpg


DSCF2889a.jpg


正直展示物より展示物を観に来ている観光客の方が興味深い、
恐らく入場料が必要なこの場所に来ているバングラ人は多少裕福なのだろう。


DSCF2897a.jpg
女性の衣装は様々、サリーは華やか、子供に着せている服もおしゃれ、
おまけに男性の何人かはスーツ。

家族連れが多い、
子供がこの展示品を観て何を思うのだろうか、
展示品に興味があるのではなく、展示品と記念写真がメイン目的なのかもしれない。




公園も広い

DSCF2926a.jpg
これに乘って怪我しても保険はおりないだろうな。






Department of Archaeology
歴史的建造物
外国人料金100TK(約150円)
 バングラ人 20TK(約30円)



DSCF2938a.jpg


DSCF2981a.jpg
この建造物にサリーの衣装がマッチする。


DSCF2992a.jpg






ダッカにバスで戻り昼食
DSCF3017a.jpg
ビーフビルヤーニ

牛筋を含んでいる炊きこみご飯の味で美味しい。


DSCF3018a.jpg
飲み物は濃ゆくて酸味がある、
まずくはないが美味しいという感じでもない、
トウヒが言うには、健康にいいとの事。



午後はダッカ市を観光

アーサン・モンジール
Ahsan Manzil Museum
ダッカの領主だったナワブ家の住宅
外国人料金100TK(約150円)
 バングラ人 20TK(約30円)


館内は撮影禁止。




続いてSadar Ghat ショドル・ガット
ブリゴンガ川に面した船着き場


DSCF3057a.jpg


DSCF3062a.jpg


DSCF3070a.jpg





ダッカ大学に移動、
トウヒの仲間が集まり
近くのバングラディッシュ独立博物館へ移動。

DSCF3083a.jpg
この広場で1971年東パキスタンはバングラディシュとして独立。

MUSEUM OF INDEPENDENCE バングラディッシュ独立博物館
外国人料金100TK(約150円)
 バングラ人 20TK(約30円)


DSCF3085a.jpg


DSCF3097a.jpg


バングラディシュの歴史について
バングラディシュの土地はもともとベンガル人が住んでおりイギリスとの国境もなかった、
イギリスの統治都合上の理由でヒンドゥーとイスラムを分け、今のバングラディシュはパキスタンの一部となった。
しかしインドを隔てて西パキスタンと東パキスタンは同じイスラム教でも言語が異なる、
人口は東パキスタンの方が多いが、主導権は西パキスタンが持っていた、
西パキスタンが言語統一をしようとする時に軋轢が生まれる、
東パキスタンは独立を目指す、西パキスタンからの凄惨な攻撃に被害を受けるが1971年に独立を勝ち取った。

トウヒの友人と一緒に独立記念館を見て回った、
数々の写真は凄惨なものが多かった、トウヒの友人が一生懸命説明する、
バングラディシュ独立は第2次世界大戦よりだいぶ後で現在に近い、、
戦争に対するバングラ人の意識が強いように感じられる、
或いはそれは勝ち取った独立と守りぬいた独立という違いなのかもしれない。



その後ダッカ大学に戻りトーク
結局トウヒの友達は7人集まった、
仲が良く大体休みの金曜日は集まるそうだ。
バングラ人は非常に人間関係の結びつきが強い、
それは仲間だけでなく家族や仕事関係の人間関係も含めて。

DSCF3109a.jpg


DSCF3112x.jpg



皆と別れ、
トウヒとバブー(トウヒの友人)の3人でホテルにサイクルリクシャで移動。
DSCF3122x.jpg
左がバブーで真ん中がトウヒ


今日の観光費や食事費は全てトウヒが払っていたので最後に精算しようとし、
いくらだったかトウヒに質問。

前原「いくら払えればいい?」
トウヒ「No、You are a friend」
そう言って頭を振る、
いやいやそういう訳にはいかない、
案内してもらい、観光地だけでも4か所、そのどれもが外国人料金があり現地の人の5倍の料金を払っている、
その上、リクシャや高速バスに乗り食事もしている、
とてもじゃないが払わない訳にはいかない


いくらか渡そうとするとトウヒが手を出して止める、バブーが首を振る。



トウヒ「お金がないけど困った時は仲間が助けてくれる(I don't have money but if I have a troubule brothers help me)」
トウヒ「お金がなくても問題ない(I have no problem)」
トウヒ「自分はいい仲間を持っている」と言って笑う。
バブーは少し微笑んで頷く。
前原「その通りだ( exactly ,you have a good friends )



そんなセリフはドラマか映画でしか使われないと思っていた、
自分は今世界を周っている物語の最中だから心動かされる事は多いだろうと思っていたが、
このセリフはかなり効く、本当にドラマの一部みたいだ。


参ったね本当に、
参ったよ。

大きく息を吐く、何回か頷く、今自分が渡せるもの。
お金じゃない代わりでなく記念にといって財布に入っているいくつかの日本の硬貨を渡す、
それとインドで購入した小さい香水を渡す、
それは喜んで受け取ってもらえた。

最後にバブーが言った。
バブー「何か困った事があったらいつでも連絡しなよ(If you have a help , call us anytime)」

握手をして別れる。




アジア最貧国と言われるバングラディシュ。 

この国に来る前は、
貧しい人が多く、親日ではあるが危険な所(恐喝や強盗)もあるだろうと思っていた。

しかし実際に来てみるとそういう感じはしない、
屋台や出店でも販売者が不在だったりするが誰も商品を盗んだりしていない、
勿論多くの人がいるので見られるという事があるのかもしれないが、
それ以前に信頼関係(コミュニティ)が強く助け合っている。

リクシャに乘る時に英語の文字を見せてリクシャの人が読めないと近くに聞いて訳してもらっている、
道で分からない時に尋ねると教えてくれるし、
その人が分からない時はすぐ近くの人に聞いてくれる。
何度も同じところを歩いていると「どうした」と話しかけてきたりする(外人が珍しいのもあるけど)

経済的に貧しいからといって、
国の情勢や個人の精神状況が不安定なわけではない、
バングラディシュ人は人間との付き合い方や道徳的観念について明確な定義があるように思える、
しかしその定義がある一方でここには物乞いや路上暮らしの人たちもいる。


もう少しバングラデシュの事を知りたいと思った、
もうしばらくバングラディシュを周ろう。




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プロフィール

Yusuke

Author:Yusuke
長年勤めた会社を辞め、
約半年間日本各地をバイクで周った後、念願だった海外へ。

気ままに興味をひくものがあれば風に吹かれるように移動する旅。

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